熱を抱けば、寂しさなんて埋まるものだと思っている。――




 いつもの夜。
 空は闇に塗り込められて、星が彩り月は静かに佇んで。
 ひとりの同居人は既に眠りへと落ちて、もうひとりの同居人は未だ帰らない。それがある意味日常で、俺はいつも通りぼんやりと、眠れぬ侭にダラダラとした時間を流していた。
 読み古された小冊子を捲りながら、何度もなぞった文章を繰り返し繰り返し読み耽る。その行為に何の意味が在るのかと問われれば甚だ頸を傾げるものだが、敢えて意味を見出すのなら、それは子守唄にも似ているかも知れない。眠れぬ子供をあやすその唄のように、慣れ親しんだその言葉の羅列は、快い眠りへと誘ってくれる。
 知り合いの鍛冶屋は、眠れぬ夜には精錬をするらしい。鉄を打ち焔を揺らし、意識を研ぎ澄ませて力を篭めて。……そうして一本己の銘の刻まれたもの造り上げれば自然と眠くなるらしいけれど、俺の場合は製造なんてしようとも思えない――否、出来るとさえ思わない。それは鍛冶屋としてどうなんだ、と昔の仲間やらに遭えば言われるが、それはまあ、俺らしさということだ。俺は製造をする為にブラックスミスになった訳では無いし、力の籠め方なんててんで判らない、所謂戦闘特化ブラックスミス。戦闘特化と言うのも名ばかりで、大した腕がある訳ではない。……そんな生き方もありじゃねーの、といっそ堂々としている。
 だから、今夜も俺は同じくしてページの擦り切れた文庫を読み耽っていた。


 ヒロインが涙を眸に湛えながら、声を嗄らしてオーガトゥースの闇の触手に呑まれんとする主人公の名を叫ぶシーン。主人公の体はエンペリウムの涙の恩恵を受け光り輝いて、纏わりつく虚無を手に生まれたフォーチュン・ソードの切っ先で振り払い、世界を救うべくそのかいなを伸ばし――

「――ただいま」
 唐突に、意識が現実に引き戻された。
 声のした方向へと頸を向ければ、部屋の戸口に立つ影ひとつ。ランプのみが明かりのここでは少し判り辛いが、黒の法衣を纏い笑みを口端に刻む、もうひとりの同居人の姿。いつもと何ら変わらぬ様子でへらりと笑いながら、ジェムストーンの入った小さな皮袋と荷物諸々を床へ投げ放る彼。どさり、と音をたてて俺の隣に身を投げて、欠伸さえ洩らしている。俺は冊子を読む目を休めそんな姿を端目ぼんやりと眺めていたが、俺は混濁する脳が不意に覚醒したのを感じた。
 彼は真紅の髪は少し縺れていて、それを気にするでもなく軽い荷物の整理をしている。ランプの小さな明かりはぼんやりとその行為を照らし出し、どこか淡い印象さえも。
 ――そうして、流れ込む血のにおい。
 彼の法衣から流れるのはまさしく鉄錆のにおいで、思わず息を呑む。詰められた胸許を弛めソファへ背を預けるその様子には何ら変わったことは無く、懐から取り出したゼニーの札をぱらぱらと数えている。
「……狩り行ってたのか?」
 何故か躊躇いさえ感じながらも問いを向けると、プリーストたる男は口端へ薄く笑みをひいて諾と顕す。
 彼は所謂支援型プリーストで、法力を扱う事に長けている。その為臨時の冒険者パーティ等では良く活躍の場を得ているし、実際にプリーストという職は前衛、後衛に併せて実にオールマイティな狩場を闊歩出来る。金稼ぎ、と云って家を出る彼の言葉に嘘は無いし、実質大した稼ぎを家に預けてくれる。
「今日はニブルヘイム。マーダーの沸き激しくってねェ」
 グローブを歯で挟み込み剥ぎ取りながら、彼はさらりと言う。
「騎士さんが一寸サドくて」
 ぱさり、僅かに染みの残るグローブが、床に落とされる。両の手の布地には、彼のもの以外の血も多く遺されているのだろう。彼の血の色に良く似た眸がすい、と細められて笑った。
「うっかり血塗れんなっちゃって。一応宿で水浴びて来たんだけど、やっぱり判る?」
 舌先を伸ばし口唇を甞め拭う様子は、実に挑発的だ。眸は爛々と揺れているし、明らかに感情が昂ぶっていることが見て取れる。
 彼は、可笑しな性癖があった。
 もしかしたら、それは冒険者には少なくないのかも知れない。狩りをした後は気が昂ぶって、熱を持て余して堪らなくなる、らしい。以前からそう云っていたし、実際に狩りに彼が行った後は、翌日まで帰って来ない事が多かった。
「もっぺん風呂入った方が良いぜ。……結構きつい」
 俺は視線を逸らして冊子へ再び視線を落とした。
 ”狩りの後には関わるな”
 そう、昔当人と、もうひとりの同居人に言われていたから。酒に乱れる様にテンションが崩れる、とか何とか。俺は彼が酒に酔っているところなどは見た事も聞いた事も無かったけれど、それでも普段の様子から察すれば、余りそんな状態の彼とは関わりたいと思わなかった。
 冊子の頁を捲くっていると、傍らで動きがない。眠ってでもしまったのだろうか、伺うべく顔を上げようとした、瞬間。
「ねえ、一緒に入ろうか」
 不意に耳許に、落とされる低い掠れた声。
 不意打ちであることと、その普段は聞きなれぬ声音に身を竦めれば、小さな笑い声が次いで落とされる。くく、と咽喉を震わせ笑う声に併せて、急に腕を攫み引き寄せられた。
 元々俺は戦闘特化と言っても素早さばかりを鍛えて来たから、力などへの耐性などは全くない。体力は無いし力も未だ未発達。そうして彼はプリーストとは云えど、体力特化で俺なんかよりもずっとずっと、身体を鍛錬している。……つまりは、抱きすくめられ、動けない。
「莫迦言ってンじゃねえよ」  冗談だと思った。いつもいつも冗談ばかりで笑う男だから、此れも、揶揄っているのだと。
 けれど、予想を反して彼は腕に力を籠めて、俺を両腕で確りと抱き竦めた。俺よりも幾らか背も高く、抜け出すにも抜け出せない。もがこうにも、自分の貧弱さに泣けて来る。
「冗談止めろ」
「冗談なんて云わないよ」
 くつ、と背後で笑い声が落ちる。いつもの彼で無いようで、けれど、確かに声は彼のもので。
 そうして唐突に、項の辺りに冷えたやわらかさが、押し当てられた。その冷たさに思わずもがくのを止めると、其の侭食むようにその口唇は撫ぜてゆく。ちゅ、とやわらかな音をたてて頸裏に舌先が這った瞬間、擽ったさと、むずがゆさが背筋を伸びた。
「ばッ……」
 文句を告ぐべくして口を開くものの、それは直ぐに途切れてしまった。
 頸裏からゆるりと這う、温度の低い舌先。首筋へと流れ、どくどくと脈打つ頚動脈へと沿う様にのばされて、その気持ちの悪さに身が竦む。慣れない感覚に動けずにいると、それを嘲笑う如く、抱き竦める腕のゆびさきが、シャツ越しに俺の胸板をすべる。
 ――冗談にしては、遣り過ぎだ。
「ね。熱いンだよ」
 耳許で再び、囁かれる吐息。言葉とは裏腹にひどくその声は冷たい癖に、耳朶に押し付けられた口唇は熱を帯びていた。舌先がねぶるように耳朶を甞め取って、ちゅ、と直接的な音が耳裡へと注がれる。
 こちらはと言えば声さえ出せないくらいなのに、彼はくすくすと悪戯に笑いながら指先を遊ばせる。片腕に確りと抱きすくめられて抜け出せない自分が情けないやら、悔しいやら。しかし、今はそれよりも抜け出せない戸惑いが、あった。
 胸板を滑る指先は覚束持たず、けれど不意にシャツに手を潜らせ、直に肌に触れられた瞬間、身が跳ねた。指先は冷えている。けれど、感じる相手の熱は、ひどく孕むものを感じて――。
「……かーわいい」
 あの、紅の眸が眇められているのだろう。
 顔は見えない。言葉しか分からない。けれど、声ばかりがひどく響いてどきどきする。脈拍が高まって、頬が痛いくらいに熱い。触れ合う熱に眩暈さえ。
 アテられている。それは痛いくらいに理解している。それなのに収まらない自身が恥ずかしいやら何やらで、俺は口唇を噛み締めて項垂れた。こんな醜態、見せるのは御免だし、それに、どうしたらいいかも判らなかった。ただ、俺が今出来るのは、相手の目を醒まさせることくらいで。
「お前ッ、いい加減にしろよ……」
 低い声で唸ると、からからと笑う声が落ちて来る。それはいつもの声音であるって言うのに、ジーザス!
「……私が嫌いかい、君は」
 細く白い指先が、俺の熱を帯びる口唇に触れた。ひどく冷えていて、反面してぞくぞくと肌が粟立つのを感じる。背筋を通る感覚が気持ち悪くて、頸を左右に振って振り払うようにした。
「私は君が嫌いじゃないよ……?」
 耳朶を掠める口唇、声。……理性に絡む情欲を咬み締める。まるで女みたいに喘ぎが漏れそうになって、俺は再び口唇をキツく噛み締めた。そうしたら鉄錆じみた味が咥内に伝わって、何故だか俺は泣きたくなった。
 背を丸めて震わせる俺はきっと、ひどく滑稽なものに見えるだろう。だけれど、仕方ない、触れる熱が熱くてたまらないのだから。
 耳がじんじんと痛む。頬も、顔も、火がついたようだった。
「……莫迦野郎、揶揄ってばっかいるンじゃ、ねえよ」
 揶揄でこんな事されて、嬉しいと思ってンのか。……そう、どこか餓鬼染みた意を込めて、細く言う。――そんな、か細い弱音は届いたのか、どうなのか。
 微かに落ちる熱を帯びた声は冷たい部屋に落ちていって、そうしたら、俺を抱く腕がわずかに強まって、それから又動かなくなった。強く抱く腕の力は弛められず、相手の冷えた腕までもが俺の熱でぬくまっていくくらいに。
「君の事も、……だいすきなのに」
 背から聞こえた言葉は、ただそれだけ。
 珍しく真摯な音をもって聞かされた声はただその瞬間だけで、又、直ぐにくすくすといった笑い声が届いた。それから曝されたうなじにちゅ、とぬるい熱が押し当てられて、そのまま動かない。
 寝ているのか、とも考えて振り向いてみたら、案の定その様子で。俺を抱きかかえたまま眠りに落ちたプリーストがそこにはあって、俺は動くに動けず途方に暮れた。結局結論として行き着いたのは、そのまま背後の相手に背を預けて目を閉じるということで。……仕方ないんだ。仕方無いだろ、又起こす訳にもいかない。案外人の体というものは寝心地の良いもので、この寒さならちょっと必要かもしれない、なんぞも考えながら。

 頬も耳も未だ熱は残っていたし、熱かったけれど。ひどく疲れたそれも相俟って、俺もゆっくりと、深い眠りへと誘われていった。――。



 ――追記。翌朝もうひとりの同居人にこの様子を見付かって、ちょっとした騒ぎになったのはまた別の話。













End?







>Pri×BS

 プリBSですご機嫌よう。

 OK更に簡潔に。発情プリとへたれBS。
 しかしながらプリ、BSのピュア(!)さにエロ未遂に終わる。そんな双方ヘタレ話でございました。
 へたれらぶ。

 にしても本日♂萌え集会なんですが。ですが。……ログインできないってどういうことだァアアア!!!!!_| ̄|○

 2005/1021 sawakei