――かみさま。





 きし、と身体の節が音をたてて軋む。傷だらけの肢体は最早感覚など無く――もともと痛みなんて感じるように造られてはいないけれど――、判るのは限界が近いということ。
 目の前が、ちかちかした。まだ確かに立っているが、もう、きっと動けない。立ち竦むおれの周りにも、同じかお、同じパーツ、同じ状態のでく。深いダンジョンの片端でその身を横たえ、動かない。まるで壊れた絵画、否、実際に壊れてしまったのだ。
 どこかの仕組みがいかれてしまったのか、マスターが、おれを、放棄したのか。
 唯、終わらない、永遠に続く牢獄のような流れ。弓を番え射って、蝿の羽を千切って走り、傷ついて、かき集めて、射って、傷ついて、倒れて、罵られ、そうして、何度も起き上がる。指先は血塗れ、感覚なんて最初から無かったのかもしれない。――それが、おれのすべて。
 動かない身体、曇るひとみ。もしかしたら、もう動かないで、いいのだろうか?
「終わりだ」
 そう、意識した瞬間声がした。
 金色のひかり、眩しいくらいに輝くその先に、白い服の、観た事のない姿が、文字通り降りた。ダンジョンである筈のその場に、まるで舞い降りたかのように。
 真っ白い服、金の髪。女に見えるが、もしかしたら、違うのかも知れない。彼女――こう称しておこう。彼女は、倒れ、立ち竦み、動かないおれ達を見下ろしながら、その金のひとみを細めて、極めて無機質な声で呟いた。
「哀れな人形」
 あわれな、にんぎょう。立ち竦むまま言葉を口のなかで小さく反芻すると、彼女は口端を歪めておれを観る。
「人形を造る輩こそ、哀れだ」
 かつり。ブーツの踵を響かせて、彼女は歩みを寄せた。もう動かないおれ達の分身に彼女が触れると、それは泡のように掻き消え、いなくなる。
 共有していた意志の一部が途絶えて、ひとつ、意識がクリアになった。
「おわ、り……?」
 声が、出た。
 多分それは、おれの声。ひどくかすれて渇いているが、耳には届く程度の。
 その蚊の音ほどの声に、彼女は同胞を還す手を止めひとみを見開いて――それから、小さく頷いた。その表情が、わずかにゆれているようにも見える。
「もう、休んでいい」
 ひどく甘美な台詞だと思った。
 傷つかず、歩まず、射たず、倒れず、もう、終わって良い――?
 ああ、それは求めていた、渇望していたひとつだけのねがい。 おれは、終わりを待っていた。

 この腕と、足で獲物を奪い、倒し、散らばる死体へ手を伸ばす。己以外の存在の認識はなく、唯ひたすらに穿つのみ。
 魔物を射るたびに願うのは、次で終わり、もう終わり。終わってくれるだろう、と祈りながら、けれど延々と身体は動き続けて、倒れども終わらない。無限回廊を走り続けるおれに在るのは、自我ではなく本能。人形で在るという、自覚。
 終わらない、と知っていた。
 何を、誰に乞えばいいのかなんて、設定されていない。おれのすべきことは、壊れぬ限りの稼働。壊れたとしても、代わりなんて幾らでもあるから。
 何故穿ち続けるのか、理由さえ判らなかった。

「恨むなら、造り主を恨め」
 彼女は言った。
 恨む?
「おれは、なぜこうなっているのか、わからない」
 理由など無いのだと思っていた。
「貴を縛るのは造り主の誓約だ。貴が恨むべきは、貴を人形に仕立てた造り主だろう」
「それは、りゆうか」
 身体は動かぬままに、意識だけは鮮明になっていった。凛とした声が、明るみへ導く。
「貴は自由に生きるべきだった」
 ぱしり、と光が目の奥で弾けた。
 彼女は吐き捨てるように言い放ち、おれの、……俺の、もう動く事のない腕に触れる。
「もう、終わりだ。……貴が来世では、ひととして生を受けるよう願う」
 意識は刻々と鮮明になるのに、視界は淡く薄れてゆく。きっと、やっと目が覚めた。やっと、気が付いた。やっと、理由が判ったというのに。
「おれが、俺が、待っていたのは、この瞬間か」
 光さす、世界。否、身体が軽くなり、急速にまぶたが重くなる。所謂眠り、が俺を支配する。
「さようなら。憐れな機械人形」
 ――ZERO。
 彼女の声と共に、まばゆい閃光が目蓋を灼いた。
 感覚のすべてが麻痺したように、無覚。唯感じたのは、もう必要無くなった、理由への悔い。意志がばらばらに、光の海へ流れてゆく。断片になるメモリー。砕けて、融けてゆくすべて。

 ――お れは、うらめば、よかったのに。
 ――つくりぬし、せかい、にんげ ん、こわれた ぷろぐらむ、




 ――ああ、かみさま。














End?

>自動人形とマスターの話

 ちょっと肩身の狭い話です。所謂自動人形と、世界のマスターの話。幻想というか何だろう、いやなものに妄想をつけてみよう。みたいな…… …_| ̄|○
 夢を無理やり見るお年頃です。

 かみさま。<gm>

 2005/1102 sawakei