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 ――殺めるのは、この手。





 夜の帳も落ちた、聖堂で。
 静かに風は空を渡り、冷えた空気が僅かに入り込んでくる。その夜に満ちた場にあるのは、ひとり。ロザリオを首から下げる、銀髪の男の姿。法衣の裾がゆるやかな夜風にはためいて、彼に空気の冷たさを確かめさせた。
 明かりも点けない広い聖堂のなかで、聖職者はそのこうべを恭しく、神と称する偶像へと捧げる。色とりどりのステンドグラスは月明かりを受けて淡く輝いて、聖堂の真ん中に、薄い、虹色の光を落としている。……これはそう、密やかな逢引き。――

 かつり、と背後で音がした。ブーツの踵が石造りの床を、わざと敲く音。本来ならば響きを打ち消す歩き方をする、その悪戯な訪問者に聖職者は背を向けたまま、笑い声で返した。
「……遅かったな」
「そこに猫、居たからさ」
 背後の闇から返されるのは、軽い声。かつ、かつ、と硬質な音をたてて、距離をゆるやかに狭める気配。その距離がある程度のものになった、と視た聖職者が振り向けば、確かにそこには見知った姿。
 口許を覆う闇色のマフラー、夜に溶ける、暗殺者の――紫苑の装衣。周囲と同化する髪の色と、それに反して白く淡い肌。その合間から覘く眸は綺麗な緋色で、笑みのかたちに細められている。きっと、マフラーに隠された口許も同じだろう。
 数歩の間を以て笑う暗殺者を見て取ると、聖職者はスカイブルーの眸を細めて声を落とした。
「何時まで経っても距離は容して頂け無いか」
 彼のそれは半ば諦めたような声音だ。溜息ひとつと共に並ぶ長椅子に腰を下ろし、肩を竦めて首を振る。その様子を眺めながら、暗殺者は又一歩身を進め、立ち止まる。彼の腰にはカタールがある。きっと、それ以外にも幾つもの刄を隠し持っているのだろう。それはまさしく、否信頼、の証であって。信用は、している。けれど、信頼、はしない。彼の職業柄の事である。それは、仕方無い。けれど、もどかしい。
 暗殺者の眸がすい、と細められ、淡々と――いいや。ただ、自然に洩らす言葉に偽りは無い。
「俺は貴方が嫌いでは無い。けれど、許容はしない」
「……何度と無くからだを重ねていると云うのに」
 彼のことばに聖職者が小さく呟いて、紫苑の影はくすくすと笑いながら又歩み寄る。
 それからうなだれる法僧の銀糸を撫ぜて、距離は直ぐに抱き込める程のものとなって。グローブ越しの指先に聖職者は顔を上げると不服そうな顔をして、ややほつれた革製のそれに咬み付いた。八重歯に掛けて布地を引く様子はまるで猫が戯れるようだ、と暗殺者は眸を眇めてくつと笑う。多分、それを云えば聖職者は眉を顰めて黙り込むだろうから。
 暗殺者が厭わないのを見て取ると、聖職者は相手の胸倉を攫んで、互いの距離を寄せた。口唇を薄く開いて、視線を持ち上げ、相手の、覆われた口許を見る。背に流れる闇色のマフラーは僅かに入り込む風でひらひらと靡いて、まるで蝶のようだった。聖職者は眸を細めてそれを眺めると、低く喉を鳴らして呟くように問う。
「――抱いて良いか」
「良いよ、」
 藍と、緋がかち合う。互いに淡く、けれども深い色彩を帯びるそれは閉じられる事無く寄せ合って、口許を覆う布越しに、聖職者は口吻ける。触れるだけの、ぬくもりなんて無いキス。
 暗殺者が肩を小さく揺らすと、聖職者は追うように、マフラーの合間から覘く白い肌へと口唇を寄せた。
「……君は俺をどう思ってこんな事を赦すんだ」
 ぽつり、肌に舌を這わせながら浅く笑って呟いた聖職者の台詞に、紫苑の影は眉を顰めて顔を覗き込む。している事は、逆なのに。まるで、組敷いているような、感覚。……余りにも彼が頼り無く笑って見えたからだろうか。

 茫洋としたままに男に熱を起こされてゆく暗殺者の脳裏を過ぎるのは、血の色。ただ、その色を怖いと、今は思った。目の前の男が、血の色に染まる。月の光を集めたかのように奇麗な銀髪も、瑠璃を思わせるくらいに澄んだ眼球も、優しく労わるように、けれど、強く、熱を犯す手も、からだも、すべて。――凡てが血に染まる瞬間を安易に浮かべると、何故だか寒気がした。
 だから、思い付いたままに彼は聖職者の首筋に指先を這わせて、頚動脈を圧すように、両手のひらを併せた。不審がる相手の様子など、お構いなしだ。
「何……?」
「貴方がもし、殺められたりしたら」
 触れる首筋は、冷たい。けれど、強く圧せば、熱がどくどくと脈打っている。ここを掻き切れば、あっさりと、事切れる。噴水のように血は舞ってぐちゃぐちゃに乱れて、きっと奇麗だろう。彼の血なら、尚更――?
「――俺は、嫉妬でどうにかなりそうだ」
 失いたくない、という感情とは又、違うのかも知れない。
 己の見ぬ場所で、彼が、血を流す。死ぬ。消える。息絶える。届かない場所に、ゆく。思い浮かぶ限りのシチュエーションを想定して考えて、何となく、背筋が寒くなった。別に、死の離別は怖くない。ただ、己の知らない誰かに、この目の前のいのちが潰えさせられるなんて、御免だ、と。

 聖職者は瞠目して暗殺者を見ていた。
 急に、珍妙な事を言う。死んだらどうにかなりそう、ではなく。殺されたら。その上、嫉妬で。……理解するに難しい呟きを落とした暗殺者を見上げながら、圧迫される首の解放を求めるように、肌に刺さらんばかりに抑え付ける指先を軽く掻いた。
「……ァ?」
 我ながら気の抜けた返事だ、と聖職者は思った。けれど、他に気の利いた言葉なんて思いつけない。ただ、浮かんだのは疑問符と、言葉の意味を考えて、の情けないながらの動悸。こんな、訳も分からぬ関係である暗殺者が嫉妬をするなんて、今まで考えもしなかったのだから。
「だから」
 暗殺者の首筋を這う指先は収まらない。冷たい指先が頚動脈を押さえて、どくどくと繰り返される鼓動を確かめている。
「俺以外に殺されたり、しないで。……貴方を殺すのは、俺だけ」
 薄闇満ちる聖堂で、囁くように言い切った言葉は。
 きっと、ひどく理不尽だ。殺人予告を喜ぶ人間なんて到底いない。それなのに、堂々と、この緋い眸は言い切った。
 絹糸の如く細かい黒髪の合間から覘く緋色には、冗談の色なんて欠片もない。許より彼が冗談を云った事なんて、無かったけれども。首をゆるやかに絞める指先に、力が僅かに篭る。グ、と、流石に息を呑む程のちから。しかし、聖職者はそれを唯その様をじっと、見詰めていた。逃げるでも、喚くでも、何でもない。
 銀の髪が月明かりと、ステンドグラスの射光に淡く照らされて、ちらちらと、暗殺者の眸に蛍のように映し出される。その様子はまるで、夢か何かのようで。

「――君にも、誰にも、殺されてなんか遣らない」
 クク、と喉を鳴らして――やや、息は細い乍も――吐息と洩らした聖職者を、暗殺者は眸を眇めて 見下ろした。首筋を押さえる指先の力はゆるやかに抜けられて、それからゆっくりと、手のひらはその彼の頬へと重ねられる。どちらの熱かは知らず、徐々に解け合ってゆく体温。

 互いに色を細めながら影はやがて重なって、――長い長い口吻けと、なった。














End?

>プリアサプリ

 プリアサプリのショートショート、お互いにリバい感じで。
 在る意味での独占欲。ほかの誰かに殺められるなんて、耐えられない。殺すなら、この手で。
 そういうぷりあさぷり。

 何か妙にマイナーくさい雰囲気のお話ですみません。読んで頂きありがとうございます…! 取敢えず、多くは語れません。(…)

 2005/1102 sawakei