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Selfish!




 目下には、黒装束に身を包んだ男の姿。その手足は動かぬように攫み伏せ、相手も抵抗は無かった。無駄で無様な足掻きをしないという点では賞賛に値する。――チェックメイト。周囲の氣から焔を精製し、捕らえた獲物に狙いを定めるべく意識を集中させる。焔の煉り具合は上等、此れならば人の身体など、瞬時に灰に還せる。
「――有難う、楽しめた。名も無き暗殺者君」
 魔術師が今まで闘った中では中々の手練れで、割と長く楽しめた。簡単に煙に巻かれて死にもせず、闘い方だって、見た事もない戦法を操り、目から鱗が落ちた。そして、そのすばやさにも舌を捲いた。まあ、未だ力不足ではあった訳だが。もう少し鍛錬を積めば魔術師をもっと翻弄させる事が出来ただろうし、未来は明るかっただろうに。
 地に這い、己を見上げる暗殺者を見て、魔術師は浅く笑った。恭しく頭を下げ、暗殺者へ賛辞と、礼の言葉。――そうしたら、暗殺者が笑った。自嘲でも、嘲りでも、何でもなく。彼は、素直に、微笑んだのだ。

 かわいいやつだと、思った。
 元々人の好みに男女の区別などつけていなかったし、それに、怖いもの無しの馬鹿は嫌いじゃなかった。けれど今までに何人もの怖いものなしと死闘――ほぼ一方的ではあったが――を繰り広げて来ていたが、こんな、死の際で笑うやつなんて初めてだった。大多数の人間は怯え、懼れ、許しを請うように声を上げるのに。焔の珠は彼へと狙いを定めているし、暗殺者の死は確定済みだ。それなのに、笑みを結ぶなんて。気でも違ったのだろうか?
 死を畏れない人間なんて、今まで出逢った事が無かった。何故なら、彼自身がそうだったから。
 そんな、軽い戸惑いにも似た想いを持て余しながら、暗殺者を見下ろす。その視線に気付いたか、暗殺者は怪訝に眉を顰めて魔術師を見上げた。その表情は人間味が滲んで、どこか、魔術師のこころを揺さ振った。
 ――生きる事へ、執着を持たない男。
 魔術師は、暗殺者へひどく興味をそそられた。死を畏れずに受け入れる姿。今まで、見た事も触れた事もなかった種類の人間。
「暗殺者君、君は今命を棄てた」
 気付けば、口が勝手に言葉を紡いでいた。すらすらと饒舌に語る言葉は途切れない。
 心震わせるような見目麗しき女性と出逢えたかのように、心躍り、揺さ振られる感覚。疼くのは眠っていた好奇心か、それとも別の何かか。訝しげに見詰める暗殺者など気にも留めずに、彼は此れから先の算段を秘めて、実にシニカルに笑った。
「此れから宜しく、暗殺者君」
 有無を言わさず手を攫い、暗殺者を引き上げる。鳩が豆鉄砲を喰らったという形容がぴったりな表情を浮かべながら、暗殺者が戸惑いをあからさまにする。そんな移り変わりさえ可笑しくて、魔術師も又素直に、綻ぶ表情を抑えずに、深い笑みを結んだ。
 ついの今まで戦っていた同士としては余りにも不自然だし、警戒するのも当然だろう。呆然としている暗殺者と、嬉々とした風の、魔術師。――そんな二人の、奇妙な生活が始まった瞬間だった。

 今日も今日とて焚き火を囲う、二つの影。

 葉の広く茂る樹のしたで、魔術師は小冊子に目を通していた。
 そこから少し離れた場所で、腕を組み胡坐で坐し、瞼を閉じている暗殺者。口許には夜色の煤けたマフラーが巻かれていて、顔の半分はそれで覆われている。まるでうたたねをしているように見えるその光景だ。
 けれど、彼は眠っている訳ではないだろう。暗殺者は職業柄か、警戒心がひどく強かった。出逢ってから十数日経った今でも、暗殺者は魔術師が起きている間に眠る事は無い。それは魔術師も彼の習性――まるで小動物か何かのようだが――、と割り切っていて、気には留めてもいない。だが、魔術師はいつも思う。
 己が眠っている間に、逃げ出してしまえばいいのに、と。
「……」
 ぱらり、冊子の頁を捲る。暗殺者へちらり、視線を寄越せば微動だにせず、律儀にその定位置へ坐している。
 別に逃げ出して欲しい訳でない。折角の興味対象、逃したくないのは事実だ。けれど、逃げ出さない理由が判らなかった。’逃げる’というと聞こえが悪いが、別に間違ってはいないだろう。暗殺者は本来ならば独りきりで旅を、仕事をこなすものの筈なのだ。ギルド証を焼き捨てたのは、魔術師であったが。
 逃げないのか、と聴けば、逃げ出すかも知れない。そんな小さな葛藤も、魔術師の心中には在った。渦巻くのは手放したくない、という衝動。共に過ごせば過ごす程、魔術師の興味を暗殺者は擽った。その想いが何なのか、魔術師は知らない。そもそも、その感情に似つかわしい言葉を彼は知らなかったのだ。膨大な書物の内容を把握し操る彼であっても、判らないのは、もどかしさだ。
「なあ暗殺者君」
 瞑られた瞼がぴくり、と僅かに動いた。ゆっくりと、警戒は怠らぬその色は隠さない侭に、暗殺者は魔術師を観た。その漆黒の眸を縁取る睫毛は長く、未だ幼ささえ残る面持ち。通る鼻梁、闇に生きるゆえの白い白磁のような肌。そうして、その凛とした眼差しに射られて、魔術師は瞬間息を呑んで、けれど、悟られぬようゆっくりと、口端を笑みのかたちに結ばせた。
 まるで、暗殺者は獣。美しく気高いその姿は見るものを魅了し、研ぎ澄まされた牙で誰にも懐くことを知らない。その美しき獣が傍にあると云う事実。手懐けることが出来ぬなら、そうさせるのも又一興。
「何時までも’暗殺者君’、’貴様’じゃ味気無いとは思わないか」
 じい、とその眸を見据えながら、魔術師は問う。
 共に過ごし始めて十数日。寝食を共にし、食事への文句だって、両手では足りぬ程云った。それなのに、彼らは互いの名前を未だに知らずにいた。
 しかし、その言葉に暗殺者は頸を左右に振り、小さく、まるで厭きれたように溜息。
「……俺はそれで構わない」
「へえ、そうかい」
「興味が無い」
 ぴくり。すらすらと交わされるその短いキャッチボールの中、暗殺者の言葉に魔術師のこめかみが揺れた。眉間に僅かに皺を寄せ、明らかに不機嫌。しかし、その表情は悟られる前に直ぐにいつもの人を小馬鹿にしたようなそれに戻される。
 ’興味がない’――
 爆弾を放った当の暗殺者はその様子に気付かずに、再び瞼を閉じて腕を組む。我関せず、と云った言葉が実に相応しい。魔術師も同様、冊子に再び目を落として大袈裟な溜息ひとつ。
「そうか、なら私が君の事を料理音痴の暗殺者、と呼んでも構わないと云う事だな、料理音痴の暗殺者君。少々長いが別にこのくらいの手間をどうこう言う必要も無いし、事実だしな、――料理超絶音痴の暗殺者君」
「……!!!!」
 ごん、と盛大な音を起てて、暗殺者が幹で頭を打った。その音からして、きっと相当痛かっただろう。けれど、それを気にする余裕すら無く、立ち上がり暗殺者は文句を返すべく口を開く。――が、次いで暗殺者の真横を焔の飛礫が往き過ぎ、彼の背後で小さな、そう、人を黒コゲに出来る程度の爆発が起きた。
 反射的に固まる彼の目の前には、腰を据えたまま、淡く耀く杖を構えた魔術師の姿。
「――何か?」
 口端はいつも通り、否、いつも以上に深い笑みを結んでいる。しかしながら、その目は笑っていない。明らかに本気だ。彼自身、何故自分はこうも腹ただしさを感じているのかがよく判らなかったし、けれど、暗殺者の台詞がひどく不愉快だったのは事実だ。
 暗殺者はといえば、魔術師の怒っている理由がさっぱり判らない。眉間に皺を寄せ、唯困惑するばかりだ。魔術師の纏うオーラが不満に満ちているということだけは、理解出来るものの。
 怪訝に頸を傾げ、相手の動向を暗殺者が窺っていると、魔術師はその表情を崩さぬ侭に立ち上がり、冊子を地へ投げ捨てた。それから杖を手に、法衣を翻して視線を暗殺者へと向ける。
「今日は気分が優れないから休ませて貰うよ」
 にこ、と桃色の効果音迄付きそうな程の声音と笑みなのに、目だけが笑っていない。いつものことと言う事も出来るが、いつも以上に目に感情がない。……いいや、感情に溢れている。つまり、明らかに怒っているのだ。
 魔術師はそうとだけ言うと、今まで凭れていた大樹の対の側に背を預け、毛布にくるまった。それから瞼を閉じて、黙り込み、その場に静寂が満ちた。かさかさと鳴る草葉と、風の音。皓々と照る月の明かりと、焚き火の紅のみが、残された暗殺者を照らし出す。
「……一体、何なんだ」
 暗殺者は小さく小さく呟いて、途方に暮れながら、焚き火へと小枝をくべた。ぱちぱちと音を起てて火の粉を散らすその情景を眸に映しながら、彼は首裏を掻いて項垂れる。人の機微など判らない。それがもどかしく、億劫だ。
 戸惑い、困り果てた暗殺者と、子供のように不貞腐れた魔術師。――今宵も月は、そんなアンバランスな二人を淡く照らし出しながら微笑っていた。



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>Selfish!>やだ

 タイトルは我侭、御題はやだ、です。スペル間違ってたらスペルブレイカーお願いしますね。
 wizアサ続編で御座います。今度はwiz視点にて、暗殺者に対する気持ちというか何というか。お互いに判らない事ばかりな模様でス。

 wizが何故怒っているのか、と云うのは皆様各自読み取って下さいまし。案外お子様なwiz(´∀`*)
 まだまだまったり続かせて頂きます\_○/

 2005/0716 sawakei