Please Don't Lost Way, My Pray




 怖くは、無かった。
 死とは誰にでも平等に訪れるもので、死とは例えば人為的に起こされる事も在り得るものなのだと。悟りを啓く訳でも、何でもない。彼と日々を過ごす中で獲た感情。その一瞬一瞬が目映い程に満ち溢れていたから、明日など懼れていなかった。その瞬間を生きて、共に過ごして、笑って、泣いて。そんなひとつひとつの想いの軌跡が私を形作り、私と言う人間を満たしてくれていた。
 居るか居ないかさえも判らぬ神に祈りを捧げ、日々を過ごしてゆくよりもずっと良い。有意義な日々を、私と対極に在る筈の彼は私に与えてくれた。私のこの意志は、仕えるべき神に叛くものだったかも知れない。
 そうだ、私は幸せだった。幸せだ。

 唯、心残りとなるのは、余りにも冷えて凍えてしまいそうなあの眸。――私がもし消えたら、彼は’どう’なってしまうのだろうか、と。
 驕りではない。
 私が彼を必要だったように、彼も私を必要としてくれていたか。ただ、それだけ。


「――お前を、殺す」
 その言葉を耳にした瞬間、思わず息が止まった。彼は常の黒装束を纏い切羽詰った表情をして、両の手には彼の獲物である黒塗りのカタール。
 思いもしなかった。そんな告白を受けるなんて、自分の中では予想外の出来事だったのだ。常にどこか外れて、範疇外の答えをくれる彼がくれた、最期の言葉。何か理由があるのだろう。何か、並ならぬ理由が。己が泣き出しそうな顔をしている事に、彼は気付いているのだろうか。
 だから反面、安心もした。
 不思議な事に、恐怖は無かった。多分、それ程迄に私は彼に依存していたのだと思う。
「余り痛い事は好きでないから、出来れば、一思いにお願い出来るかな」
 意地の悪い言葉だ。
 現に彼は更に顔を歪めて、硬く口唇を噛み締めている。噛み締め過ぎて白くなった口唇に、触れたいと思った。そんな、意識は遠くで今の状況を眺めているような。泣いているかのように肩を震わせる彼の姿が心から愛しくて、それが何故だか哀しいと思った。
 彼は間違いなく、懼れていた。己の獲物のカタールが私の心臓を穿ち、血を撒き散らし、息の根を止める事を。人を殺す事を懼れてしまうなんて、きっと彼は職業としては失格なのだろう。
 だけれど、私にとっては合格だった。
 何故か、頬が綻ぶ感覚。口端がやわらいで、眦が熱を帯びる。嬉しくて仕方が無くて、思わず笑みがこぼれそうになった。
「……!」
 その動きに、彼が戸惑い雑じりにカタールを突き出せば、私の頬皮一枚を刃が掠める。ぴりりとした痛みが頬を過ぎり、風が吹けば僅かな痛みを誘った。
 瞠目して彼を観た。今にも泣き出しそうで、壊れてしまいそうな彼の姿。その表情が余りにも辛そうで仕方なくて、私はカタールを持つその両手を掴んだ。それから、微かに震える冷たいその手を強く握り、咽喉許へと宛がう。一押しすれば、私は逝ける。彼はその冬の空に似た哀しげな眸を見開いて、言葉を詰まらせた。
「――わたしは、貴方を」
 ’     ’。そう、呟いた言葉が全て紡がれる事はなく。浮かべた表情は其の侭に、彼の手の中で私は往けた。
 ――嗚呼、これは、エゴだ。彼の遺される悲しみを考えない、酷くけがらわしいエゴ。きっと彼は己を責めるだろう。きっと彼は、泣けないだろう。きっと彼は、ずっと、私を忘れないだろう。そうだ、私は居なくなってもきっと、何より彼の手に、傷に残るだろう、と。

 手放されようとする意識は遠く、けれど、彼の姿だけは良く観えて。
 凍えた彼の眸からは雨にも似た滴が落とされて、その眸の中に地図に無い、遠く冷たい空が映った。



fin




>地図に無い空>please,

 置いてきたもの、の対。プリから観たVer。  己を失う事は怖くなかった。けれど反面、彼の中に遺る事は怖かった。彼が大事なものを喪うと知っていたし、けれど、それでも、緩やかな死を望んで。彼の腕の中で逝って、彼のこころに 永久に刻まれる痛み。非道いエゴを、聖職者は選びました、と。
 お互いの想いのすれ違いというか、何というか。運命の歯車は悪戯にくるりくるり。運命は二人を別ち、永久に互いの想いは判らないでしょう まる。


 ……あんはっぴーえんど('A`)

 2005/0706 sawakei