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HEAVENorHELL




 森の中。ぱちぱちと、爆ぜる焚き火の灯り。火の粉が舞い、宵闇の空気をあたためている。その周りには地に立てられた、数本の串刺しの川魚。それは、良くある野営の風景。きっと同じ森のどこかでも、似たような風景を冒険者達が顕していることだろう。
 ただ、少しばかりの難点は、火を囲む面子、の問題だろうか。
「なあ暗殺者君。魚の焼き加減が甘い」
 焚き火を囲む陰は二つ。
 ひとつは長い法衣を纏った銀髪の魔術師。嵌められた片眼鏡は切れ長の眸に映え、眉目秀麗、その言葉が実に相応しい。それなりに細身で、街を歩くだけで、一人二人の女性どころか男迄もが軽く釣れてしまいそうな風貌をしている。その法衣の要所要所には細かな縫い取りが施されていて、一つ一つが魔力を併せ持つものだと見ただけで判る紋様だ。その彼の傍らに置かれる杖は、皓々たる白金の光を帯び、満ちる魔力をじわりじわりと滲ませている。
 それだけで、顔だけでなく彼の魔術師としての技能も相当に高い事が見て取れる。……そうして、其の魔術師は不満気に魚の串を取り、ぶつくさと魚の調理加減について愚痴をこぼしていた。中々にミスマッチ。否、コケティッシュ。
「……貴様の奴隷になった覚えは無い」
 其の隣人に、黒き影。低く、どこか怒りさえ雑じるのは当たり前だろう。
 昏い色の衣を纏い、腰には獲物である黒塗りのカタール。幾度血を浴びたかも知れぬその刃を携える彼は又、暗殺を生業とする闇に生きるもの。その貌さえも覆面で半分以上を覆い、晒される肌は白く透けるような色味。覆面から垂れる髪は夜の色、絹糸のように艶やかなそれの合間から、眇められた両の眸が魔術師を睨み付けている。
「奴隷にした心算は無いが、君は一度命を失った。――その命を拾った私が君を使役するのは間違っているかい?」
 幾度目かの台詞に、暗殺者は眩暈を憶えながら肩を落としてこめかみを指先で押さえた。
 話は滅茶苦茶だ。否、――この目前の魔術師たる男が滅茶苦茶だった。破天荒など、唯の言葉では済まされない。

 ――話は数日前迄遡る。

 暗殺者は、仕事として、魔術師の命を狙っていた。
 所属するギルドに届けられた金一封と、暗殺すべき目標の詳細。目標の冒険者レベルに偽りが無ければ獲物は上々、並大抵のレベルでは太刀打ちの出来ないランクだった。そんな中、ギルドの中でも高レベル、そうして場数の多い彼が、仕事を請け負うことになった。
 彼は、慎重で、自身を過信しない。その事も評価されて、彼はギルドより、暗殺を任された。
 その伝えられた詳細を頼りに歩みを追い、漸く見付けた森の中。魔術師は一人旅で、仲間らしき者もいない。そうなれば後は一対一の殺し合いで、彼にとってはとても好都合だった。森の中では大魔法も使えず、足場も限られる為に魔術師にとっては不利であると判断したからだ。
 彼は、元々仕事に躊躇いは無かった。ギルドに寄越された依頼は絶対であるし、私怨にしろ、何にしろ、怨まれるような生き方をする人間が悪い。仕事以外の殺しはしないし、唯、与えられた仕事を淡々とこなしてゆくのみ。
 今回も、いつも通りにあっさりと終わる筈だった。――だが。
「油断したな、」
 あっさりと、手折られたのは己の腕。気が付けば、彼は魔術師に組み伏せられ、地を甞める結果となっていた。自由は効かず、唯待つのは死のみ。今まで暗殺者として生きてきて、彼は、一度もターゲットを逃した事が無かった。それがどうだろう、あっさりと、近距離戦を不得手とするであろう魔術師に、敗れた。
 その魔術師は、彼の識る限りの常軌を逸していた。
 本来ならば森の中での焔を操る事はタブーだ。何故ならば木々が燃え果て、焔が己を焦がしてしまう可能性が出来てしまうから、だ。けれど、彼は焔を――焔ばかりを手繰り、地を焦がし葉を焙り、躊躇などしなかった。
 そうして、魔術師らしからぬ、機敏さ。机に齧り付き机上で論を並べ立てる魔術師とは、明らかに異なる立ち回り。体捌きも然ることながら、その立ち位置が実に巧かった。見るからにはソロで旅をしているようだったし、その所為でもあったのだろうか。
 とにかく、魔術師は強かったのだ。彼にとって、想像の範疇外である迄に。
「――有難う、楽しめた。名も無き暗殺者君」
 陽炎が舞い、夜を焦がす熱量が、己を抑える魔術師を囲う。
 その時彼は死ぬと思ったし、それを恐れはしなかった。初めての敗北に、初めての、畏怖とも感じられる存在。それは在る意味喜ばしい事でもあったのだ。
 きっと魔術師は笑みを浮かべているのだろう。己も、こうして敗れるのならば、清清しくもあった。自然、口端も微かな笑みへと結ばれ、其の侭焔に灼かれて散る。嗚呼、それも悪くない。――そう、ビジュアルは浮かんでいたのに。
「……?」
 何時まで経っても、焔は彼を焦がさなかった。しかしながら、魔術師が動く気配も無い。暗殺者を抑えつけた侭、動きがない。
 訝しんでその相手を見上げれば、魔術師が、瞠目して彼を見ていた。周囲の焔は不意に掻き消えて、殺気だって欠片もない。何か、驚いたような、それでいて、何かしら心弾むような、嬉しげな色さえも見てとれる。眸が合えば、魔術師は猫のようにその色を細めて、口端を上げた。
「暗殺者君、君は今命を棄てた」
「……何を言う?」
「君という存在の所有権は、今喪われた。そうして、この今の時に、私は――’君を拾った’」
 全く突拍子もない言葉に、眩暈がした。理解の範疇外にも甚だしく、その言葉を解する事が出来なかった。けれど、それで魔術師は満足したらしい。抑え付けていた手を、足を退けると微笑い、手にした杖で、頸許を辿る。その仕種はまるで品定めをするかのようで、どこか色のある。
 そうして、魔術師は懐から千切れ落ちていた暗殺者のギルド証をもう片手に取ると、それを瞬時に灰に帰した。つまり、ギルド所属も国の冒険者登録も、凡てがただの燃え滓になった。
「――何を、」
「此れから宜しく、暗殺者君」
 言葉など返す暇も無く、魔術師は暗殺者の手を取り、引き立ち上がらせた。ついの今迄殺し合いをしていた同士には、余りにも相応しくない。
 銀髪を夜風に揺らしながら、魔術師は暗殺者に不敵な笑みを寄越した。その笑みは余りに美麗で、暗殺者の何かを焦がした。焦燥にも似たその感情が彼の胸中に生まれ、そうして又深く潜り込んで、気付かぬ侭となった。

 ――それから、数日。

 暗殺者は魔術師を殺せずにいた。魔術師は、暗殺者を殺さずにいた。
 ’情けを掛けられるくらいなら、自決する’
 そう言い出さん勢いの暗殺者を宥める魔術師の言葉は巧妙で、屁理屈であるのにそれを屁理屈であると思わせない説得力があった。任務失敗は、死。そうと定められた世界に生きていた暗殺者にとって、それはひどく新鮮な感覚だった。
「それにしても料理くらいは巧くなって貰わなねば困るんだがね」
「……貴様の召使になる心算は無いんだが 」
 そうして、今に至る。
 魔術師と、暗殺者。奇妙な組み合わせの二人が、奇妙な相方紛いの生活を続けて、早数日。料理を任せる、と暗殺者に魔術師が言えば、繰り返される問答。それでも暗殺者は律儀に魚だの獣だのを獲って食事を作るし、それを魔術師は食べる。図々しくも、文句を言いながら。因みに、木の枝には数個の獣の肉が虫干しされている。
 暗殺者は矢張り、解せなかった。魔術師が何故己を生かして置くのか、が。一度命を狙われたというのに、それなのに魔術師は暗殺者を生かしている。又、いつ命を狙うかも判らないのに。――しかしながら、暗殺者は魔術師を再び狙う気は無かった。一度失敗した任務で、しかも、今現在は’生かされている’状況。与えられた恩恵、義理を棄てる程、彼は腐れてはいなかった。
 だが。
「まさか、不味い料理を喰わせて私を殺す気かい?」
 両肩を竦めて、挑発的な笑みを浮かべる魔術師。HEHE、と馬鹿にした声さえ聞こえそうなその仕草に、ぷつり。どこかで何かの切れる音。――短く細い糸が切れた、とも言えるかも知れない。暗殺者がこうべを垂れ、両肩を戦慄かせ、握った両の拳は白くなっている。
 魔術師は、口が悪かった。ひどい皮肉屋で、正直な話、サディストだとか、そういう呼び方がしっくりくるのでは無いかと思われる程。綺麗な薔薇には棘がある、とは良くいったもので、棘どころかこの魔術師には槍がある。とホンの短い付き合いながら、暗殺者は思った。そう沸点の高くない彼の堪忍袋の緒が悲鳴を上げるのは直ぐだった。
「そこまで言うのなら自分で料理位作れッ!」
 がす! と大きな音をたてて、暗殺者は椅子代わりに使っていた丸太を蹴り上げる。彼は立ち上がるとキ、と鋭い眼光で魔術師を睨みつけ、暗殺者らしからぬ歩みで少し離れた場所へ放ってある麻袋を拾い、中身を取り出した。其れ即ち――塩漬けされている、幾らかの魚。
 辺りの草も幾らか毟り、其の侭鬼気迫る勢いで彼が調理を始めたのを見て取ると、魔術師は言葉を失い、肩を震わせて笑った。口許に手を宛て笑いを必死に耐えるが、それでも止まない衝動。吹き出さなかったのは奇跡だろう。
「……忠実で結構」
 笑われている事に気付いているのかいないのか、暗殺者はひたすらに調理を模索している。香草で和えれば良いか、それとも塩を強めるべきか。……そんな彼の姿がひどく可笑しくみえて、魔術師は、声を殺して笑った。
 カタールを捌いて魚を刻んでゆくその背中を見ながら、魔術師は茶々を入れて、火にくべ過ぎて焦げた魚を齧る。果てなくミスマッチな二人だが、どこかしっくりと。

 空には、二人を見守るように、浅い雲とまるい月が出ていた。



Go to next..?




>最悪だ>HEAVENorHELL

 前回のWIZvsアサの続編……です_| ̄|○
 戦闘描写のみの前回とは違い、まったりめを目指してみました。まったりほのぼの、お互いの気持ちはどうなのでしょうか(´∀`*)

 辛辣ながら続き物ということにさせて頂きます。……纏められなくてごめんなさいえろじゃなくてごめんなさい。・゚・(ノД`)・゚・。
 2005/07/13 sawakei