beautiful one death




 月が奇麗に輝く夜に。
 撒き散らされる殺気、迸る閃光。木々の充ちる森の中、闘う蔭が二つ。

 ひとつは呪紋を縫い取る法衣を着重ね、淡く輝く杖を携え、その眸にモノクルを嵌めた魔術師。ひとつは、夜色の衣を纏い、漆黒に塗られた刃を手に闇に紛れる暗殺者。

 咥内で小さく言葉を紡ぎながら、辺りに意思を這わせる。流石に呪文を詠唱中に飛び込んで来る程相手も無能では無く、木々の蔭から暗殺者は様子を伺っている。詠唱が深まるにつれ魔術師の廻りの氣が闇の中うねり、肉眼にも観て取れる魔導力の昂ぶりが収束して、高熱度の光球が、その手にした杖の切っ先で瞬いた。
「ファイヤーボルト!」
 杖に示された宝珠が眩い光を放ち、幾つかの紅の珠が生まれる。呪と共に虚空に出でた焔の珠は闇を甞め夜を呑み、火の粉を迸らせながら冷たい夜気を焦がしていった。その直線上に在るのは、夜よりも昏い法衣を纏う闇に生きるものの姿。装束の端を焼き切って、その煙を巻いて暗殺者は闇に再び紛れた。木々を渡り、闇と同化し、姿を隠して息を殺す。
 爆発的に――否。言葉通り一辺の空気中の酸素を吸い上げて焔の爆発を巻き起こしたその衝動は、瞬間的に酸素を暗殺者に欠乏させた。その一瞬の目眩が暗殺者を襲い、しかしバランスを崩す事無く闇へとその身を躍らせた。
 辺りに茂る木々はその生命を火へと消してゆき、あるものは炭化し、あるものは崩れ灰になる。魔術師はそれを気にも留めずに次なる詠唱を始め、周囲への殺気は逃さない。

 互いに闘いに慣れていた。魔術師の立ち回りは常に生と死を行き来するもののそれで、暗殺者は言う迄も無く。しかしながら魔術師のその巧みに、暗殺者は懐に近寄る事も出来なかった。
 ――魔術師相手には、咽喉を掻くのが最も良い。魔術の網を掻い潜り、近接戦の苦手な魔術師の懐に飛び込めば、後は簡単だ。詠唱を中断させるべく咽喉を潰し、後はただ死を贈る。要は詠唱さえ途切れさせれば勝機は在る。……だが、魔術師は、いつものそれと勝手が違った。俊敏な動きで敵を翻弄する事も識っていて、魔術師特有の隙が無く、暗殺者を恐れている様子だって無い。
 彼は闇を恐れるどころか、どこか楽しんでいるようにも観得た。
「どうした、暗殺者。私を殺すのだろう」
 ぱちぱちと、木屑の燃える音のみの残る森の中。
 あからさまな挑発を、魔術師が浅い笑みと共に溢した。まるで遊んでいるかのように、その指先で、小さな灯の珠がくるくると廻っている。瞬時暗殺者の殺気が膨れ上がるが、けれども即座に飛び出す様な真似はしない。
 暗殺者は魔術への耐性等皆無だった。何せ木々を灼き尽くす程のそれだ。相手の攻撃を一撃でも喰らえば即死に近いダメージになるだろう。しかしそれは、魔術師にとっても同じ事。要は、互いに一撃与えれば終わり。そういう闘いだった。

 ぱちり。又、燃え滓となった大樹から、火の粉が上がる。
 揺れる紅を眸の向こうへと見据えながら、暗殺者は口唇を咬む。
 接戦を得手とし、人を殺すことを生業とする暗殺者が、標的を斃せずにいる。それも、遠距離攻撃の使い手とはいえ、机上に建てられた’呪文’を使役する魔術師に、敵わずにいる。挙句、挑発迄掛けられる始末。暗殺者にとって、それは屈辱以外の何者でもなかった。相手が魔術師だから、だとか、その様な御託は何ひとつ関係無く。唯純粋に、闘いの最中に挑発を相手が掛ける程の余裕がある、ということが、何より暗殺者の気を苛立たせた。
「来ないのならば此方から。……好いかい?」
 暗殺者が動かないことを見て取ると、魔術師は眸を眇めて、まるでお茶に誘うかのように言った。あからさまに馬鹿にしている。明らかな挑発、けれども事実。
 彼は杖上で揺れる光球を投げ抛るように杖を振り被り、暗殺者の潜む茂みへと無造作に杖を突き出す。スピードは上々、大きさは、見た目ではそう攻撃力は高くは見えない。けれど瞬時、何かを察知したのか光球が届く前に暗殺者はそれらを叩き落すように飛礫を投げ放ち、同時に砂利を握り樹上に跳んだ。
 途端、響く爆音、飛び散る燈の飛沫。投げられた飛礫に弾かれた光球は、矢張り高熱度の焔を撒き散らしながら霧散する。生い茂る葉は焼け焦げ、水分を蒸発させてばらばらと崩れ、燃えてゆく。その攻防の間にも間合いの離れた位置で詠唱を続ける魔術師を横目に、暗殺者は高温度の空気の渦巻く中、息を止めて地に降り立った。下手に呼吸をすれば肺が灼かれてしまうような迄の熱気を浴びながら、爆炎を背に暗殺者は魔術師へ距離を詰め、肉迫する。
 煙に紛れ詠唱完成の隙を与えないスピードで相手に張り付いて、懐に潜めた小刀を一閃。――の、筈が。
「――速いな」
 小刀を魔術師の咽喉を狙って突き出し、けれど飛び散るものは紅でなくキン、と金属物が弾き合う鋭い音。鋼の刃が材質不明――けれども極めて硬質な杖の柄に受け止められ、魔術師の咽喉許で交錯する。暗殺者は驚愕故に眉根を寄せて怪訝に魔術師を睨み付けるが、されど魔術師は関しないといった様子で杖に力を籠める。
 ほう、と感嘆の息を籠めた声は魔術師のもの。
 馬鹿にしている訳でもなく、唯事実を彼は述べている心算なのだろう。だが、それは暗殺者にとって嘲りにしかならない。接戦を得とする暗殺者の攻撃を、容易く魔術師は防いで見せたのだから。
「流石はアサシン、速さは一流だ」
「貴様は何者だ」
 ギチ、と力が篭り合い、厭な音をたてて杖と刃が咬み合う。それまで沈黙を護っていた暗殺者は殺気を帯びさせながら、魔術師を観た。
「唯の魔術師だよ、暗殺者君」
 くつ、と肩を小刻みに揺らして可笑しそうに笑う様子は余りにも状況に相応しくない。モノクルが月明かりを照り返して鈍く輝き、不敵な笑みは好く映えた。
 揶揄うような言葉に暗殺者は顔を顰めながら、空いた片手を懐に忍ばせてナイフを取り出そうとする。――が、それは叶わなかった。それが、拙かった。暗殺者の小刀への力が緩められた瞬間、魔術師は確信の笑みを深く刻み、梃子の原理で杖を滑らせナイフを弾き飛ばす。
 ――ガキン!
 痛烈な打撃音と共に捻じ伏せられる暗殺者の小刀と、その腕。杖で捻じ倒し、身を起こそうと跳ねるそのてのひらを踏み付ける事で地に縫いとめる。その一連の動きは一後衛のそれではなく、まるで前衛、それ並の俊敏さと的確さだった。撥ねられた二刀を足で小突いて散らしながら、予想外の力に面喰らう暗殺者を見下ろした。
 煌々と照る月を背に、魔術師は法衣を翻して口角を愉しそうに吊り上げた。それは獲物を捕らえた獣と同じで、嬉々として、そうして静かに杖の切っ先を暗殺者の咽喉へと向けた。ツ、と宝珠の嵌るその先を向ければ暗殺者は動かない。呪文の詠唱など無くとも、この距離、体制では咽喉を潰すだけで終わる。容易く命を消せる位置に、魔術師は立っていた。
 暗殺者は小さく舌打ちして、抵抗を収めて息を吐いた。無駄な足掻きは意味を為さない、その事を好く知っていた。
「油断したな、」
 瞠目して暗殺者は魔術師を見上げた。眸を眇め、その眸は探るような色をしている。
 弱きを探る訳でない。活路を見出す訳でもない。唯、暗殺者は自身の敗因と、相手の力量を推し測るように見詰めていた。それに気付いたか、魔術師はク、と笑いを殺して。
「ウィザードが総て接近戦が不得手とは限らない、という事さ」
 子供を諭すかのように返す男の言葉。
 そうして紡がれる呪文は息の根を止める為のものだろう。手を封じられ、動けば咽喉を潰される。活路などとうに無いその闘いに、暗殺者は自身の末路を嘲るように、月を背に笑う魔術師を唯見上げた。
 マナが夜気を揺らし、燐光を放ちながら詠唱が連なる。ちらちらと舞う光の粉は、空気中の魔力が境目を渡る色だろう。その輝きに伴い、杖先の宝珠が光を放つ。
「――有難う、楽しめた。名も無き暗殺者君」
 詠唱の継ぎ目、魔術師は実に恭しくこうべを垂れ、暗殺者への賛辞、そうして礼の言葉を。力在る言葉は夜気を焦がし、瞬間、灼熱の焔の珠が魔術師の廻りにうまれる。逃れる事など不可能だ。真紅の焔が空気を甞め、熱量を増大してゆくビジュアル。尽力に拠るその魔力の奔流は、美しいほどに恐ろしかった。

 ――そうして、暗殺者は、その眸に紅が踊る様を観映して、――閃光が、森を灼いた。



fin




>紅が踊る>beautiful one death

 紅が踊る。本当は別のジャンルの別の話で思いついたものでした。(余談過)

 wizVSアサ戦闘、簡潔に言い訳すると、AGIwiz! 前衛と渡り合う♂wiz様が書きたかったんですごめんなさい、ごめんなさい
 ぶっちゃけ物凄い矛盾してたりするかもしれないです、ごめんなさい。QM使わせれば良かったなァとか。
 後、アサ好きなのに! こんな扱い酷いヤ! という方もごめんなさい。本当ごめんなさい、はい、石投げお願いします_| ̄|○

 2005/07 sawakei