――たとえば、ここにひとりと、ひとりがいるとしましょう。……果たして、永遠は在り得るか。
「有得ないね」
――金髪の、錬金術師と名を派す薬師はぴしゃりと言い切って、ミニグラスを中指の先でぐいと押し上げた。もう片手には色とりどりの製薬用ハーブが握られていて、膝の上の鉢には砕かれたポーションの元となるハーブがはらはらと。
その様子を眺めながら、傍らの地べたに腰を据える詩人は顔を顰めると同時に面白く無さそうに口唇を尖らせる。
「何故です?」
問いと共に傾げた拍子に、詩人のひとつに結わえた髪が背でゆれた。銀糸の束がぱらぱらと流れて、ゆるやかな光を溢す陽射しを浴びればやわらかく煌く。
「世の中には永遠なんて有得ない。限りが在るからこそ、その限られた時で如何に己の成果を上げられるか――、……浪漫だろう」
「錬金術師様らしい持論ですね」
堂々と言い放つ錬金術師を見て取れば詩人はコバルトブルーの眸を眇めながら細く笑い、手にしたハープの弦を小さく指先で弾いた。
素朴な装飾の施された、小さな琴。ぴん、と張り詰めたそれは掻けば高く鋭い音が揺れ、弦を抑える指に力を弛めれば、ゆるやかな響き。連なる列を指先で弾いてそれに伴い快いテンポの口笛を詩人が口ずさめば、木々の合間から囀る小鳥も共に唄う。
耳良いそれを厭うでもなく錬金術師はそれを眺め、ふと気が付けばハーブを摩る手が止まっている手許を思い出し、ごりごりと雑ぜ練り合わせる。
「うたは、永遠です」
珍しく、詩人には滅多にない凛とした、けれど真摯な声で言った。
錬金術師は、彼の声が嫌いでは無かった。歌を唄う声も、謳う声も、そう、真摯な声音も。
その表情を何となく、見れないような気がして。錬金術師は視線をすり鉢と、空の傍らのポーション瓶に落として低く留めて呟いた。多分、自分は意地の悪い事を言う。それに気付いていたから、視線を合わせられなかった。
「……うたうものが居なくなれば、潰えるだろう」
「いいえ」
彼の澄んだ、けれどしんとした返しと同時に、ざり、と音がしてハーブが潰れた。
手許には、費えるもの。目の前には、潰えない、とうたうもの。
ハープが旋律を奏で、詩人が謳う。その声音は良く通るアルトで、とても軽やか。耳に優しいそのメロディは、まるで眠りを誘うようなゆっくりと、それでいてあたたかいもので。春の陽射しさえ思わせるそのぬくもりに眸を細めると、ふと言葉に浮かぶうたのフレーズ。
「……Lullaby?」
錬金術師の問い掛けに悪戯にウインクを返す詩人は実にやわらかな笑みを浮かべていて、薬師たる、永遠を否とする彼はどうとも云えぬ、もどかしささえ憶えた。
「永遠なんて信じていたら、自分諸とも夢も何も、潰えてしまうじゃないか」
まるで生き急ぐような台詞だった、と薬師は思う。けれど、実際に。ひとはいつか死ぬし、思想も何も、無いところへいってしまうのだ。そう考えると、急がなければ、思うものなんてあっという間に消えてゆく。そんな、儚いものを背負って、己たちは生きているのだ、と。ひとのゆめとかけて儚い、なんて良く言ったものだ。
詩人が弦にかける指を外して、ゆっくりと錬金術師へと伸ばされた。
ミニグラスの間近までその指が映って、それから、視界がぼやけた。何をされたかと気付けば、ミニグラスが外されている。茫洋とした視界のなかで判るのは、銀の色彩、彼の姿のみで。
「私は謳い続けましょう。うたは、旋律に乗って伝承わって、途切れる事無く世界を流れてゆくのです。――……風は、木々は、いきものたちは、私を覚えていなくとも、うたを憶えているから」
ゆらぐ視界の中で、囁くように、謳うように語る詩人と、そうっと指先に触れて、離れていった熱。その刻は、永遠にも似ている。永遠なんて知らないが、その熱の触れた間は一瞬などで言い表せるものでなく――。
錬金術師は肩を落として、は、と呆けたように息を抜いた。それから、困ったように、口端を弛めて笑う。理論では、負けるつもりなんて無かった。錬金術師は夢見事や、そんな空想の話で事足りるような常をしている訳では無いから。だけど、敵わない。――かなわないのだ。
ララバイを口ずさむ詩人の声は心地よい。涼やかな風がハーブのひらを攫って、ぱらぱらと舞っていった。まるで雪のように散って、崩れていったそれを眺めながら、錬金術師は小さく、けれど、確かな声で言った。
「永遠なんて、有り得ないさ」
ハープの奏でる清かな音色に耳を預けながら。
笑い雑じりに呟いた錬金術師の言葉に、詩人は眸に笑みを乗せて謳った。
End?
>永遠を嫌うもの*バード×ケミ
バードケミというか、バード+ケミといいますか。
まったりのんびり、相対する(と思っている)二人を綴ってみました。
まあ一番何を云いたいのかというと
ホムが永遠の未実装だなんて信じないッ!!
と、いうことで。(…)
ケミさんがんばれ……!(ノ∀`。)
web拍手でりく頂けたケミ登場話でございました。読んで頂きありがとうございますー。
2005/1024 sawakei
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